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2005年8月 1日 (月)

『ゾイドジェネシス』17「怒り」

 無敵団壊滅!……したものの全員しぶとく生き残っていたことに一安心。(テレ東公式ではゲオルグ参戦と描かれていたので全滅を覚悟していた分尚更)
 それでいて、ルージとガラガには全員戦死したと思われているのがミソか? 無印の翼の男爵のように格好よく再登場されると無敵団っぽくないので再登場しても今まで通りフィラソードでチマチマ動いて欲しかったり。

 それにしても、よく前回の一話だけで五人のキャラを立てたもの。
 無敵団のキャラ立てが前回完了しているからこそ今回の壊滅劇に悲壮感が生まれ、その仲間たちの最期を目の当たりにし、なおかつ「また」自分だけが生き残ったという無力感からガラガが自らデッドリーコングの左手の封印を解き自暴自棄のバーサーカーモードへ、という見せ場が機能したのだろう。
 同時にここで「仲間を死なせて本気にならせる」というパターンを使ってしまったわけだから二度とは使えない。自ら「お約束」を封じたスタッフの心意気は今後の展開に果たして吉と出るか凶と出るか?

 それはともかく、無敵団はガラガとルージの現状認識とさらなる決意を描くための「手段」として用意されのだろうが、このスタンスの違いが世界の奥深さに一役買っているのが面白い。
 「小さなことからコツコツと」という無敵団のモットーではディガルドは倒せない。もっともソレはルージたちのように力がある者たちの論理。
 なぜなら、ディガルドのバイオゾイドに対抗しうるのは、滅多に無いメタルZi製の武器を持つゾイドのみ。
 そんな強力ゾイドを持たない普通の人々がディガルドに抵抗するには無敵団のように地味なゲリラ戦以外無い。
 無敵団の主張は彼らの立場からすれば最善の策であり、だからこそ壊滅的ダメージを受けてもルージたちのように方針転換はせず「小さなことからこつこつと」というモットーを崩さない。
 この差を意図的に描いていることには好感。あいかわらず、こういう地味なポイントに強い作品だ。

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